NPTニューヨーク行動に参加して

寄せられた感想を掲載しています。

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国連に宗教者署名 提出 NPT議長、国連上級代表に

京都宗教者平和協議会 本願寺派僧侶 大森 良輔



4月27日から国連本部で開会された「第9回NPT再検討会議」のニューヨーク行動に日本宗教者代表団が参加しました。
 宗教者代表団は開会前日の26日、国連本部前のダグ・ハマーショルド広場でおこなわれた平和フェスティバルで、宗教者署名をアンゲラ・ケイン国連軍縮担当上級代表に日本原水協代表団などの署名とともに提出しました。また、日蓮宗立正平和の会の河崎俊栄代表は、日蓮宗宗務総長からの親書、宮城泰年団長の親書を手渡しました。
 宗教者代表団は、署名提出に先立って「核兵器のない世界のための国際行動デー・ニューヨーク行動」に参加。
 代表団は全体25人の参加でした。
 マンハッタンのユニオン・スクエアからダグ・ハマーショルド広場までの行進に横断幕などを掲げて参加しました。
 同日、午前には多宗教合同礼拝が国連チャーチ・センター礼拝堂で開かれました。

 日本原水協代表団が持ち寄った「核兵器全面禁止のアピール」署名633万6205人の目録を高草木博代表理事がタウス・フェルーキ第9回NPT(核不拡散条約)再検討会議議長とアンゲラ・ケイン国連軍縮担当上級代表に手渡しました。

2015年NPT会議 ニューヨーク行動に参加して

京都宗教者平和協議会 本願寺派僧侶 大森 良輔



 今年2015年に開かれるNPT再検討会議に向けての今回のニューヨーク行動については、これまでの再検討会議の結論を一歩でも前に前進させる重要な会議であることは様々な報道で知らされておりましたが、とりわけ核保有国を核兵器廃絶への道に一歩踏み出させる大切な機会であると聞いて、私もぜひ参加したいと思うようになりました。国連に加盟する大多数の国々の核廃絶への願いや世界中で唯一核兵器の被爆犠牲者を多数出した日本国民の願い、そして核による人類滅亡へと繋がる核戦争への不安を持った世界中の人々の思いを少しでも伝えられたらという思いで参加を決意しました。
 私は浄土真宗本願寺派の僧侶として、釈尊がみんなに説いた「全ての者は暴力に怯える。全ての者は死を恐れる。自分に引き比べて殺してはならぬ。人をして殺させてはならぬ。」(法句経・129詩)という教えがこの時代の全仏教徒に投げかけられており、実践・行動するのは今であると確信するものであります。京都では宗派を超えて多くの仏教徒やキリスト教徒などあらゆる宗教者が平和を願い、核廃絶を祈願して行動を起こしています。修験宗本山の聖護院門跡宮城泰年師を中心に京都宗教者平和協議会(京都宗平協)のメンバーの呼びかけに応えて核廃絶署名と多くのカンパが寄せられました。私もいくつかの寺院を訪問させてもらいましたが、ある大寺院の塔頭の老僧は、年金暮らしをしているなかからカンパをしてくださり、そのときに「この原水爆禁止の運動は、ほんまは日本政府が先頭になって動かんといかんのにな。」としみじみとつぶやいておられたのが強い印象として残っています。
 4月26日午後2時から行われた平和行進では、日本から参加した代表団1058名の他にも世界各地から多くの市民がユニオンスクエアに集合し、それぞれの思いをこめたプラカードや横断幕、タペストリーを持ち、沿道の人たちに核廃絶を訴えながら行進しました。沿道の人たちも快く手を振って応えてくれていました。そんな中で私が特に頼もしく思えたのはパレードの中に若者の姿が多く見かけられ、積極的にビラを手渡し、署名を訴えながら明るく行進する姿を見て、我々が勇気をもらえる頼もしさを感じました。
 京都宗平協の署名目標数は5000筆でしたがそれを大きく上回り6000余筆が集まり、国連前のハマーショルド広場で全国各地から集められた633万筆余りの核廃絶を願う多くの日本国民の思いがこもった署名をタウス・フェルーキ再検討会議議長及びアンゲラ・ケイン国連上級代表に直接手渡すことができました。同時に宗教者独自の個人署名500筆余りも冊子にして手渡すことができました。国連事務総長も「それらの署名は、我々に、市民社会が力強い希望と期待を持っている。 軍縮のチャンピオンに感謝。」というメッセージを再検討会議に寄せて署名を賞賛し、代表団の行動が国際政治に大きなインパクトを与えていることに確信を持つことができました。

「祈りの力、文字の力」

日本基督教団上鳥羽教会 牧師 月下 星志(つきしたせいじ)



 「希望をもらった。」帰国して、ニューヨークでの活動をふりかえった時の正直な感想です。ニューヨークでの活動だけでなく、準備の段階で、協力してくださった多くの人の顔を思い浮かべると、励まされ、希望をもらいました。ハマーショルド広場に積み上げられた630万筆の署名を前にして、紙一枚に記された、細い細い文字がこんなに集まると大きな力になることを実感しました。ひとりひとりは微力です。しかし、1本のペンで出来ることがあります。署名に託された小さな一文字が、また、ニューヨークでのパレードのようにゆっくりとした一足一足が、平和を創り出すのだと思います。「宗教者・平和活動家交流集会」で、発言者のひとりが「戦争をしたがる人を抱きしめることが大切だ。平和はかんたんなものではない。」と発言されました。平和の捉え方は人それぞれです。戦争をする人も平和のためにしていると言います。本当の平和とは何なのか、戦争をしたがる人とこそ対話が必要であると思います。戦争をしたがる人を憎んでも平和は創れないと思います。抱きしめる勇気が必要です。戦争をしたがる人に戦争の愚かさに気付かせることにより平和は実現するのではないでしょうか。だからこそ、決してこぶしを挙げず、非暴力で署名やパレードという訴える力が、世界を動かすと思うのです。「他宗教合同礼拝」では、それぞれの宗教の方法で祈りがささげられました。宗教の名を借りた争いが日々起きていますが、本来の宗教の姿は、信じるものは違えども、人間を超越した存在にすべてをゆだね、謙虚になり、すべての人の平和を祈り求めるものであると思います。宗教や人種、国籍の壁を越えて、共に平和を祈り求めたあの時間は、私を含め、多くの人に希望を与えたと思います。わたしたち宗教者にまずできること、それは祈ることです。ひとりひとりの祈りから世界は変わり、平和が実現すると思います。
 ニューヨーク行動に希望をもらいましたが、世界は楽観視できる状況でありません。ニューヨークに来られていた被爆者は、体力的にも精神的にも楽な状況ではないにも関わらず、私たちと同じ経験はさせてはいけないと、強く訴えていました。その気持ちに圧倒されました。その姿に私たちは何ができるのでしょうか。祈りから始まる行動を踏み出していきたいと思います。多くのお支え、ご協力、お祈りいただき感謝いたします。
主の平和。

NPT再検討会議宗教者の集いでの発言
 わたしは、広島で生まれ育ちました。私の父は被爆者です。祖父も祖母も叔父も叔母も被爆者です。祖母は、この世の人とも思えぬ恐ろしい姿の人を見たといいます。黒焦げの人。背中の皮がはがれた人。水!水!と水を求めて死んでいく人。どうもしてあげられない状況に、「こんなことが世にあってもいいものだろうか。」と回顧しています。叔母は、小学生で被爆しました。顔には、ケロイドが残りました。年頃の少女にとって、耐え難い苦しみでした。今年、原爆が投下されて70年が経ちます。8月15日、日本は連合国に全面降伏しました。日本では終戦記念日と言います。しかし、私は終戦記念日とは言いません。敗戦記念日と言います。原爆が落とされて、また日本が戦争に負けて70年。本当に戦争は終わったでしょうか。戦争で苦しんだ人にとって、戦争は終わっていません。被爆して70年、いまだに原爆の後遺症で多くの人が苦しんでいます。放射能の恐怖に怯えています。被爆者は、少なくなっています。祖父母も、この世にいません。すべての被爆者がなくなった時、ヒロシマ、ナガサキはなかったことになるのでしょうか。過去を忘れたとき、人間は同じ過ちを繰り返してしまいます。被爆者の願い、ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ。この願いを、実現しなければなりません。 イエスは言います。「平和を実現するものは幸いである。」 平和は実現するものです。共に祈りましょう。共に声をあげましょう。共に平和を創りだしましょう。

NY行動に参加して

鬼塚 賀津子(カトリック)



 天候に恵まれ、無事にすべての旅程を終えることができましたことを感謝致します。
 折り鶴を折って託して下さった皆さんの祈りを感じながら、26日朝、私は国連チャーチセンター礼拝堂での多宗教間合同礼拝に参加しました。
 「ぶっだん、さらなん、がっちゃーみ」♪と聖堂に響く仏教者の三帰依文は、私の心に深く染み入り目頭が熱くなりました。「殺すな 殺されるな」との聖護院門跡宮城泰年師の書が礼拝堂入り口の壁に掲げられ、核のない平和で公正な世界を願っての各宗教の祈りが次々に捧げられ、最後に讃美歌「Let There Be Peace on Earth」(地には平和)を全員で歌いました。
 礼拝終了後、参加者の皆様に折り鶴をお渡しして、ユニオンスクエアに移動。14時から、それぞれがアピールの横断幕や幟旗を掲げプラカードを持ち、宗教者は法衣や式服を着て、他の人は工夫を凝らした服装で、各国から1万人(主催者発表)が国連本部前のハマーショルド広場まで2時間パレードしました。私は胸に「I am not ABE」背中には京都の出口さんからお借りした「All who take the sword will perish by the sword.」(剣を取る者は皆剣で滅びる)という聖書の一節のゼッケンを貼ってアピール、沿道の人々に折り鶴を配りながら歩きました。 16時、ハマーショルド広場では日本で集まった633万6205筆の署名と、ベトナムから届いた150万筆の署名が国連・NPT代表に渡されました。「核軍縮は政府だけではなく、市民一人一人の行動があってこそ実現できる」という再検討会議議長のフェルーキさんの言葉にあらためて勇気をもらいました。
 28日朝、同じ班の数人で、出勤するニューヨークの人達に署名を求めたことも貴重な体験でしたが、「核は必要だ」と言って署名を拒否するアメリカ人もいて、その強い語調はショックでした。唯一の被爆国の日本が、核兵器の怖さ、悲惨さ、非人道性をもっと世界に伝えなければいけないと痛感したことです。特に30日、サンフランシスコではローレンス・リバモア国立研究所という核兵器の研究施設を見学しました。私達の活動の一方で、今なおアメリカでは核兵器開発の研究がなされていることやメガレーザーによる小さな核融合で水素爆発を起こすというプロジェクトに日本の保谷クリスタルが参加しているという話には驚き、核廃絶の日が遠く感じられて情けない気もしましたが、
 私は今回、同じ願いを持つ多くの仲間が世界中にいることを実感し、未来の子どもたちのために絶対に諦めないで地球上の核廃絶を実現する努力を続けたいと強く思いました。

NY行動に参加して

冨田 成美



日本宗教者代表団の行動は、26日の多宗教間合同礼拝(「異宗教間集会」)と28日の宗教者交流集会が中心でした。
 礼拝では、私たちは今回、三帰依文(全員)、伽陀(浄土真宗)、観音経偈文・題目(日蓮宗)による仏教の祈りを行い、キリスト者は写真撮影や横断幕持ちで協力しました。全体では、仏教・キリスト教の他、ヒンズー教、ユダヤ教、イスラム教、アメリカ先住民の宗教者が参加しました。共同祈願では、原爆犠牲・被爆者への癒しと共に、原爆や戦争に関わった者、戦争で利益を得る者への赦しも祈られました。惨禍の根元を見、それを取り除く勇気と行動の必要性を、強く感じました。
 私たちが持参した折鶴は、礼拝参加者に託されて集会や行進で配られました。残りは後日の集会や平和団体に寄贈され、5月14日に国連本部で上映される『憲法9条がアメリカにやって来る』の会場でも配られます。約5000羽のご協力に心から感謝申し上げます。
 礼拝後の行進には1万人(主催者発表)が参加し、宗教者は団長の宮城泰年師揮毫の「殺すな 殺されるな」の横断幕を、交代で持って行進しました。終着点のハマショールド広場で、NPT総会議長・国連軍縮部上級代表への署名提出が行われ、633万6205筆の署名の前で目録が手渡され、「署名の声を会議に届ける」との決意表明がありました。宗教者署名は河崎俊栄師によって、議長に直接提出されました。
 28日の宗教者・平和活動家の交流集会では、4人のアメリカ人平和活動家の発言がありました。元海兵隊少尉ジョンさんの「我々はKillerにされた」の発言に、戦争の正体を見た思いがしました。ジョンさんは「米国政府は原爆投下の責任を取るべき」とも明言されました。上記映画の監督ディヴィッドさんは、戦争に加担しない道・憲法9条の重要性を強調されました。ニディアさんのドローンや子供への軍隊教育反対活動から、生活の中での平和構築の重要性を教えられ、キャリーさんの被爆マリアとの出会いには、和解と信仰による平和再生の尊さを感じました。日本側発言者は、被爆二世の月下星志牧師でした。「被爆者が死に絶えた時、ヒロシマ・ナガサキは無くなるのか?そうさせないために声を上げよう」の実践は、私たちの責務です。
 京都から派遣していただき、ありがとうございました。今回得たつながりを大切に育てて、5年後の代表団がより密度の濃い訪問ができるよう、今から努力したいと思います。4月24日・25日開催された「国際平和地球会議」 クーパーユニオン大学グレートホール

NY行動に参加して

森 修覚



 私は4月24日~29日まで参加し、国際平和地球会議、分科会、多宗教合同礼拝、パレード、国際シンポ、宗教者と米平和活動家と交流のつどいに参加してきました。
 国際平和地球会議を中心に感想と報告を書きます。
 クーパーユニオン大学で開かれた会議は、27日から開かれるNPT再検討会議を目前に、世界の市民の代表が集い、核兵全面禁止を求めて「核のない平和で公正な持続可能な世界をめざす」スローガンで論議が展開されました。
 被爆者の谷口稜暉さんの被爆体験に参加者が涙を流す証言でした(要旨は表紙に掲載)。もう一人はセツコ・サーロさんで、「オーストリア政府が核兵器の法的ギャップを埋めるよう呼びかけていることに対して、アメリカが賛成しないように働きかけ、日本政府も言葉と言動に矛盾する態度をとっていることを、まるで腕をねじるようなやり方で、恥ずべきこと」と述べました。
二人はノーベル平和賞候補にあがっていますと紹介されました。
 開会冒頭アンゲラ・ケイン国連上級代表が「前回より困難があるが、市民社会の中からどれだけの人たちが来て、自分たちの声を届けにくるのか非常に重要だ」と強調し、藩基文国連事務総長のメッセージを紹介しました。(表紙に要旨)
 政府代表、市民代表などの発言がありました。
 日本から吉良よし子参議院議員の英語でのスピーチに日本からの参加者は感動しました。閉会総会で新日本婦人の会の西川香子さんが「運動の構築と将来に向けた行動」のテーマで「核兵器廃絶と戦争する国づくり反対を一体に取り組み、152万の署名を集めた行動」を感動的に紹介。被爆者がいいました「一発の爆弾でアメリカが憎かった。憎しみは連鎖し続く。私は変わった。被爆者の思いを本当に応えるためには、戦争は絶対だめ、核兵器をなくす運動をすることだと思うようになった。これが私の誇りです」行動するのは今ですと呼びかけました。
 この会議には46ワークショップが設けられていました。私は2つの分科会に参加しました。一つは「アジア太平洋分科会」で基地問題を中心に論議されました。この分科会では沖縄からやんばる統一連の吉田務代表が沖縄のたたかいを述べました。外国の参加者から「日本は戦争に出かけるのか」と質問がありました。海外でも日本の「集団的自衛権」で海外で戦争すると報道されていことも紹介されました。
 もう一つは「核兵器・原子力発電への非暴力の抵抗:過去・現在・未来」で福島の浪江町議が発言しました。
 日本原水協主催の国際シンポ「ともに核兵器のない世界の地平を開こう」と日本原水協の高草木博代表理事がコーディネーターを務め「行動こそ廃絶する力」とまとめました。
 5月末にはNPT再検討会議の合意がどうなるかなど注目しながら帰途につきました。
 ニューヨーク行動に参加して、新しい出会いがありました。佐賀から仲秋直樹師(仲秋喜道師の息子さん)、立正平和の会で参加して、通訳などご協力いただいた小野恭敬師、私の故郷の富山の谷川寛敬師などと懇親できたことも大きな成果でした。
 またNPT日本宗教者代表団派遣募金にもご協力頂きましたことに御礼申し上げて感想報告とします。合 掌