原水爆禁止2021年世界大会

主催者声明の行動呼びかけ

核大国の横暴をうち破り、核兵器による絶滅の脅威から世界を解放するために、いまこそ立ち上がりましょう。私たちはコロナ禍後の希望ある世界、「核兵器のない平和で公正な世界」をめざして、以下の行動にとりくむことをよびかけます。
ー被爆者、核実験被害者の証言や原爆パネル展などに積極的にとりくもう。核兵器使用の非人道的な結末を普及する活動を内外に広げよう。
ー国際的にも、各国でも、禁止条約への支持と参加を求める世論をひろげる行動にとりくもう。とりわけ核保有国や「核の傘」に依存する国々の条約参加をめざす活動を強化しよう。
ー第76 回国連総会、NPT再検討会議、禁止条約締約国会議などを節目に、諸国政府と市民社会の共同を発展させよう。
ー軍事費の削減、外国軍事基地の撤去、軍事同盟の解消、枯葉剤など戦争被害者への補償・支援と被害の根絶、平和教育の推進など、反戦・平和の諸課題にもとづく運動との共同を発展させよう。
ー核兵器廃絶を共通の要求とする核兵器廃絶国際共同行動「平和の波」行動(2021年8月2日~9日)を成功させよう。
ー「核兵器のない世界」を求める運動を、くらしと命、人権を守り、気候変動の阻止、ジェンダー平等、自由と民主主義を求める運動など、あらゆる階層の人々の広範な運動と連帯してさらに発展させよう。
私たちは、被爆者とともに、そして高校生、大学生をはじめ未来を担う若い世代とともに、これらの行動の先頭に立つ決意を表明するものです。
原水爆禁止世界大会実行委員会

被爆76年核兵器のない世界と未来へ

「核抑止力」論を批判し、日本政府に核兵器禁止条約への参加を求める

世界大会オンラインで開催原水爆禁止2021年世界大会が8月2日から9日まで「被爆者とともに、核兵器のない平和で公正な世界を―人類と地球の未来のために」をテーマにオンラインで開催されました。
国際会議は2日、オンラインで始まりました。テーマは「被爆者とともに、核兵器のない平和で公正な世界をー人類と地球の未来のために」。主催者声明を冨田宏治国際会議宣言起草委員長が発表し「政府に禁止条約への参加を呼びかけよう」「核兵器廃絶の合意と義務を果たすよう求める」訴えました。
主催者あいさつした世界大会運営委員会の野口邦和共同代表は核軍備増強は新型コロナの世界的流行に無力だと指摘。軍事費を非軍事にまわし、核廃絶に向けた合意事項の実行を保有国に迫ろうと強調し、多数の国々と草の根の運動の発展を呼びかけました。
日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の木戸季市事務局長は、結成65年を迎えた日本被団協は世界と日本市民社会に支えられてきたと感謝し、再び核兵器を使わせない取り組みを呼びかけました。
原爆投下直後に放射性物質を含む「黒い雨」を浴びた被害者が起こした「黒い雨」訴訟で、支援する会の牧野一見共同代表が報告。本日発行された被爆者手帳が1万3000人ともいわれる全被害者に届くよう取り組むと語りました。
国際会議は第1セッションで、核兵器保有国と「核の傘」にあるアメリカ、イギリス、ロシア、ベルギー、日本の平和団体が報告「条約を力に世論と運動を広げ条約参加の政府をつくろう」と述べました。
第2セッションではアメリカ、日本、韓国、ベトナム、インドの平和団体が米中対立が激化するもとでアジアでの核兵器廃絶について報告。「日本が条約に参加すればアジアの平和と安全に貢献する」「アメリカと中国の平和を脅かす行動に反対しよう」と議論が交わされました。
8月6日のヒロシマデー集会は、核保有国や依存する国の政治転換を呼びかける「広島からの呼びかけ」を発表。日本政府に核兵器禁止条約への参加を求めました。
主催者報告した冨田宏治世界大会起草委員長は、核兵器禁止条約の発効という歴史的な達成を受けて開催される世界大会だと強調し、「日本政府が国民世論に応え、禁止条約を支持するなら、世界の流れを大きく後押しすることになる」と述べ、禁止条約を拒み続ける政権を総選挙でかえようと呼びかけました。
来年に開催される核兵器禁止条約の第1回締約国会議で議長を務めるオーストリアのアレクサンダー・クメント大使は、「今なすべきことは、発効した核兵器禁止条約と核兵器を禁止した規範の効力を強化することだ」と指摘し、第1回締約国会議では、「核兵器の人道的結末とリスクへの認識を再び高めるような強力なメッセージを発信したい」と表明し、唯一の戦争被爆国の政府が参加することに歴史的役割があると指摘し、日本政府の参加を求め、併せて市民社会の役割を強調しました。
9日のナガサキデー集会は、諸国政府に核兵器禁止条約へ参加などを求める「長崎からすべての国の政府への手紙」を発表しました。
主催者報告で立命館大学の安斎育郎名誉教授は、原爆投下から核軍拡競争、禁止条約発効への歩みを振り返り、「核兵器使用の非人道性をアピールし、禁止条約に署名・批准する日本政府の実現へ運動と共同を発展させよう」と呼びかけました。
来年開催が予定される核不拡散条約(NPT)再検討会議の軍縮委員会委員長を務めるマレーシアのサイエド・ハスリン・アイディド国連大使は、「核兵器の全面廃絶という大義を促進し、すべての当事者の団結した一貫した努力で、平和で公正な核兵器のない世界を実現できる」と述べました。
メキシコのメルバ・プリーア駐日大使は、「核兵器廃絶を支持するすべての国に条約の早期批准と履行を促し続ける」と表明しました。
8月2日から9日まで核兵器廃絶を共通の目標とした「平和の波」行動が終結し、世界16カ国、国内300カ所以上で多彩に取り組まれたことが報告されました。
なお、国際会議が2日に「核兵器全面禁止の達成、核兵器のない世界へ」を共通テーマに開催され、「原水爆禁止2021年世界大会主催者声明」を採択しました。(別掲参照)

広島・長崎市長が「平和宣言」

8月6日、広島市主催の平和記念式典で松井一実市長は「平和宣言」で被爆者の願いや行動が国際社会を動かし、1月22日に核兵器禁止条約が発効したことを指摘。「核により相手を威嚇し、自分を守る発想から、対話を通じた信頼関係をもとに安全を保障しあう発想へと転換する」ことを求め、「核抑止論」を批判するとともに、核不拡散条約で義務付けられた核軍縮の誠実な履行を要望しました。
そして、日本政府に対し被爆者の思いを受け止めて「一刻も早く核兵器禁止条約の締約国となるとともに、これから開催される第1回締約国会議に参加」するよう訴えました。平和宣言では、被爆から3年後に広島を訪れた生まれつき目も耳も不自由だったヘレン・ケラーさんの言葉を引用、「一人でできることは多くないが、皆一緒にやれば多くのことを成し遂げられる」と市民の力の結集が政策転換を促し、核兵器のない世界に向けての歩みを確実にすると呼びかけました。また、原爆投下後の「黒い雨」をめぐり、原告全員を被爆者と認めた広島高裁判決が7月に確定したことを受け、原告ではない黒い雨被害者も早急に救済するよう政府に強く求めました。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長はビデオメッセージで、「国連は、核兵器のない世界というビジョンを被爆者と共有」していますと述べ、「核兵器が使用されないことを保証できる唯一の方法は、核兵器の完全なる廃絶です」と表明しました。
8月9日の長崎市主催の平和式典で田上富久市長は「平和宣言」で、被爆体験を語りつづけ今年93歳で生涯を閉じたカトリック修道士の小崎登明さん核兵器廃絶の願いを記した手記を紹介しその願いが結実したものとして、「人類が核兵器の惨禍を体験してから76年目の今年、私たちは、核兵器をめぐる新しい地平に立っています」と人類史上初めて「全面的に核兵器は違法」と明記した核兵器禁止条約発効の意義を強調し、この条約を「世界の共通ルールに育て、核兵器のない世界を実現していくプロセスがこれから始まる」と指摘し、日本政府に一日も早く署名・批准することを求めました。
また、核保有国と核の傘のもとにある国のリーダーに「国を守るために核兵器は必要だとする『核抑止』の考え方のもとで世界はむしろ危険性を増している、という現実を直視すべきです」と訴えました。

首相禁止条約に触れず読み飛ばし

就任後初となる広島・長崎での平和式典にのぞんだ菅義偉首相は、核兵器禁止条約に言及しないばかりか、広島でのあいさつの冒頭で広島市を「ひろまし」と読むばかりか途中で核廃絶への被爆国としての役割に触れた最も重要な部分を読み飛ばしました。
菅首相は意味を考えて原稿を読んでいないばかりか、読み飛ばしをしても自分で気づかないというお粗末さに「被爆者に寄り添う気持ちがない」など怒りと批判の声があがりました。
読み飛ばした部分が、「わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です」という部分でした。
被爆国の首相としての認識や思いが疑われます。また、あいさつで国の援護の対象区域外にいた被爆者の救済についても何一つ言及しませんでした。
長崎での式典で菅首相は着席に遅れました。

原水爆禁止2021年世界大会主催者声明

核兵器禁止条約の発効という歴史的な達成をうけて開催された原水爆禁止2021年世界大会は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、世界の多くの人々が人間の尊厳への思いを深めつつあるいま、核兵器の完全廃絶に向けて前進する誓いを新たにしています。
アメリカ軍によって広島(8月6日)と長崎(8月9日)に原子爆弾が投下されてから76年目を迎えます。2発の核爆弾は、一瞬にして都市を破壊し尽くし、1945年末までに21万もの人々の命を奪いました。その圧倒的多数は、女性や高齢者、そして子どもなどの何の罪もない市民でした。人々は生きながらに焼かれ、放射線に肉体を蝕まれました。それはこの世の「地獄」というべき惨状でした。かつていかなる兵器もこのように大量で、無差別な破壊と殺りくを行うことは出来ませんでした。かろうじて生き残った人も、その後遺症に苦しみ、愛する人を奪われた心の傷を抱えて生きてきました。しかし、平均年齢83歳をこえる被爆者たちは、いまなおその悲劇的な体験を語り、「核兵器と人類は共存できない」と警告しつづけています。私たちは被爆者とともに、世界に訴えます。この悲劇を二度と繰り返してはなりません。人類生存とその未来のために、核兵器廃絶をめざして行動しましょう。
人類はいまだに核兵器による絶滅の脅威にさらされています。世界には、いまなお1万3000発も核弾頭が存在しています。核大国が対立し、にらみ合うなかで、核兵器使用の危険が高まっています。核兵器の先制使用政策を維持する米ロ両国では、約2000発の核ミサイルが警告に反応して即座に発射できる状態にあると言われています。中国は核五大国で唯一核弾頭数を増加させ、イギリスは潜水艦発射ミサイル用の核弾頭数の上限を引き上げました。フランスの共同の核作戦における役割拡大を狙っています。インド・パキスタン間の緊張、未解決の朝鮮半島の非核化問題、パレスチナとの対立を深めるイスラエルなど、核使用の火種が地域にも存在しています。国際紛争の平和的解決は国際政治の原則です。
国連憲章と国際法を遵守し、武力紛争とそれにつながる一切の行動をすみやかに停止すべきです。核兵器の増強、開発、配備もただちにやめるよう求めます。核兵器で守れる平和はありません。軍事力で威嚇しあうことは、核使用の危険を高めるだけです。壊滅的な被害をもたらす核戦争に勝者はいません。この現実を直視し、「核抑止力」論の危険な幻想から脱却すべきです。
核兵器禁止条約が今年1月22日に発効し、核兵器は道義的に非難されるだけでなく、国際法上も史上初めて違法となりました。この条約発効のために尽力した諸国政府と被爆者、反核平和運動はじめ平和を愛するすべての人々に、心からの敬意と連帯を表明します。
禁止条約の署名、締約国が世界に広がれば広がるほど、核兵器の違法性はいっそう確かなものとなります。そして、国際的に包囲される中で、核保有国やその「核抑止力」に依存する国も、政策的に大きな影響を受けることとなるでしょう。私たちは、諸国政府に禁止条約への支持と参加をよびかけ、その拡大のために力を尽くします。禁止条約を力に、核兵器廃絶へと前進しましょう。
核保有国は、核兵器禁止条約の発効に示された世界の世論に応えなければなりません。とりわけ核五大国は、核不拡散条約(NPT)の核軍縮交渉義務(第6条)をすみやかに履行すべきです。そして、2022年に予定されNPT再検討会議では、これまでの会議の合意(「自国核兵器の完全廃絶を達成するという明確な約束」(2000年「最終文書」)「核兵器のない世界の平和と安全の達成」とそのために「必要な枠組みを創設する特別な努力」(2010年「最終文書」)、中東非核兵器地帯の設立)を確認、実行し、さらに前進させることが求められています。核兵器国はくりかえし、核兵器廃絶を約束してきました。私たちは、その合意と義務を誠実に果たすことを強く求めます。
核兵器を使わせず、その完全廃絶へと前進するためには、国際的な世論の発展とともに、核保有国や核依存国の政治を変えることが欠かせません。核兵器禁止条約が成立して以降、NATO(北大西洋条約機構)諸国の中にも、禁止条約支持の世論の広がりを背景にした積極的な変化が生まれています。
禁止条約支持の世論の広がりを背景にした積極的な変化が生まれています。禁止条約参加を支持する圧倒的な世論を築き、核固執の政治から脱却するときです。
とりわけ、核兵器の破滅的な結末を、身をもって知る被爆国・日本の動向は大きな意味をもちます。日本政府が、国民世論に応えて禁止条約を支持し、「核抑止力」への依存から脱却するならば、核兵器廃絶への世界の流れを大きく後押しすることになるでしょう。
緊張が高まる北東アジアの情勢にも前向きな変化をもたらすに違いありません。私たちは思想、信条、党派を超えて世論をひろげ、禁止条約を拒み続ける今の政治を転換するために行動するよう国民の皆さんによびかけます。まもなくたたかわれる総選挙がその大きな転機となることを希望します。また、沖縄・辺野古の米軍新基地建設、日本国憲法第9条の改定、敵基地攻撃用ミサイルの開発・配備など、日米軍事同盟のもとで日本を「戦争する国」にする動きに反対する運動との連帯を発展させます。
COVIDー19パンデミックのもとで、いまだに多くの人々の命と健康を失うとともに、格差の拡大貧国、失業などに苦しんでいます。その一方で、核兵器を含む世界の軍事費は米ソ対立時代の1988年以来最大の1兆9810億ドル(約213兆円)にのぼり、各地では紛争が続いています。世界で420万人をこえる死者を出しているコロナ禍に、軍事力はまったく無力です。求められているのは、大幅な軍縮と紛争の平和解決、パンデミック終息と人々の命とくらしを守るために力を集中することです。そして、各国が平等な立場で協力する世界、国連憲章がめざす平和の秩序です。禁止条約の発効は、大国主導から、すべての国が平等に参加する世界への展望を示しています。それを可能にしたのが市民社会と諸国政府の共同でした。
核大国の横暴をうち破り、核兵器による絶滅の脅威から世界を解放するために、いまこそ立ち上がりましょう。
私たちはコロナ禍後の希望ある世界、「核兵器のない平和で公正な世界」をめざして、以下の行動にとりくむことをよびかけます。(行動は表紙に掲載)

核兵器禁止条約発効後初めて
いのちをえらびとる断食の祈り

核兵器禁止条約が発効して初めて開かれた原水爆禁止2021年世界大会が8月2日から9日まで開催されました。
「平和の波」が世界中に呼びかけられる中、日本宗教者平和協議会は8月5日の「いのちをえらびとる断食の祈り」をコロナ禍の中感染予防しながら規模縮小で平和公園の原爆供養塔の横で実施しました。
昨年につづき、「断食の祈り」は、コロナの緊急事態宣言が東京などに発出される中、また反対の声を無視して「五輪」強行となる状況での開催となりました。
午前10時から各宗派の祈りを行いました。はじめに真宗大谷派の祈りで林正道師(大分・安養寺住職)から「表白」が読み上げられました。(別掲)その後「正信偈」[阿弥陀経」勤修。
天理教の林森一師(京都)は天理教の教えの平和の意義を語られました。
キリスト教は冨田成美氏、樋口重夫氏が讃美歌、聖書からの教えを披露しました。

「断食の祈り」に参加して

遠藤教温

「読誦し奉る妙法は広く平和公園の虚空に遍布し、唱え奉る御題目は普く被爆犠牲者の御霊に注がん。」
8月月5日、今年も宗平協の『いのちをえらびとる断食の祈り』に参加できました。天理教、キリスト教、浄土真宗の方々に続いて、午前11時半、原爆供養塔に向かって一心に法華経を読誦し、団扇太鼓とともにお題目を唱え、一回目の日蓮宗の祈りを捧げました。
「願わくはこの功徳を以て原爆供養塔合祀の7万余柱に上る身元不明の諸霊並びに広島原爆殉難犠牲の諸霊に回向供養せんことを。更に願わくは『核兵器禁止条約』世界に遍布し、以て核兵器廃絶、立正安国、世界平和、万民安穏ならしめ給わんことを。南無妙法蓮華経。」
昨年に引き続き新型コロナウイルス感染禍、規制実施で参加者も少なく寂しい今年の「いのちをえらびとる断食の祈り」です。
私事ですが、今年2月末に軽い脳梗塞を発症しました。でも、守られたのですね、3・1墓前祭には参加できませんでしたが、後遺症もなく、物覚えは悪くなる一方ですが、以前と同じ日常生活が送れています。
妻に「広島に行く」と告げたら、「一人で行かせるのは心配だからついていく」と、初めて小田原から二人の参加となりました。
昨年遷化された河崎上人は、奥様、若上人とともに、檀信徒までご一緒にはるばる能登の七尾市から参加くださっていたんだと改めて感謝しながら読経させていただきました。
正午からは広島市の浄土真宗本願寺派の法専寺住職亀井顕雄師の講話がありました。
講題は「被爆地の住職として思う❘個人史に即して❘」で、ご自身の歩みに即した資料を配布され、資料に基づいて45分間整然と自らの考えを示されました。
法専寺は新藤兼人監督の菩提寺で、監督の祖父が宮大工棟梁として法専寺本堂を建立されたそうです。
亀井師はかつて仏教書籍で著名な『法蔵館』に勤務し、編集を担当されていたとのことで、広島に来てから改めて戦争、被爆など広島の近代史を学び掘り起こす編集、出版の仕事を続けておられるとのことでした。
広島平和公園で、「いのちをえらびとる断食の祈り」の横断幕をかかげるテントの下で、大地に敷いたブルーシートに座してお聞きする亀井師のお話は、懐かしい『法蔵館』の名前とともに私にとって改めて学ぶことの大切さを教えていただく教訓あふれる貴重な時間となりました。
各地の宗教者が様々な立場でこのような活動を通して支えてくださっているのがこの「いのちをえらびとる断食の祈り」なのだと改めて思ったことでした。その意味でこの日の私の「祈り」は日蓮宗の多くの人々の活動の集約として、私が代表として祈らせていただいたのだと思いました。
午後3時、この日最後となる4回目の日蓮宗の祈りを終え、天理教やキリスト教、仏教各派の参加者された皆さんにお礼を申し上げさせていただいた時、今は亡き矢野太一、大江真道、河
崎俊栄三師の在りし日を偲び、「来年も来なければ!」と強く思ったことでした。
* * *
日蓮宗は私一人でしたので次の順序次第で法要をさせていただきました。
初 勧請
次 開経偈
次 読経
  妙法蓮華経方便品第二
  妙法蓮華経如来寿量品第十六偈
 (三遍)
次 宗祖御遺文の一節
次 唱題
結 回向

以上の順番で1回目の日蓮宗の祈りを約三十分間お勤めさせていただきました。回向は冒頭に記した通りの内容でした。

被爆者ら核廃絶願う

広島・長崎の原爆犠牲者を追悼し、核兵器の廃絶を願う「般若寺平和の塔のつどい」が7月31日、奈良市の般若寺で開かれた。県内から被爆者ら約30人が集い、平和への思いを新たにした。寺にある「平和の塔」は1989年に建てられ、広島・長崎の被爆地から採火した火を守り続けている。
この日は、被爆者や被爆2世の5人が、自身や家族の被爆体験を語った。5歳のときに広島で被爆した奈良市の浦田直樹さん(81歳)、「オレンジ色の光が窓ぎわに見えたと思うと、爆風で窓や障子が壊れた。今でもあの恐怖は思い出す」と語った。その後参加者は塔の前にある鐘をつき、核兵器の世界を願った。
コロナの影響で、昨年に続いて規模を縮小しての開催となった。今回のつどいの実行委員長を務める明光寺(奈良市)の藤井聖仁住職は、「戦争や原爆の経験を次世代へ伝えるためにどんな形であれ続けることに意味がある」と話した。(奈良宗平協・吉川清明)

原水禁大会長崎が開かれる中 平和の祈りの行脚

安養寺住職・宗平協常任理事 林 正道

原水爆禁止世界大会がコロナ禍オンラインで開かれている中、長崎へ平和の行脚の行動をしました。

敬明墓前祭

8月8日午前9時、全国から贈られてきた折り鶴が飾られる中、建交労長崎県本部が主催して、長崎市赤迫にある『敬朋』の墓前祭が執り行われた。
「殺すなかれ兵戈無用南無阿弥陀仏」のノボリ旗も。初めに中里研哉県本部委員長が挨拶した後、伽陀に続いて真宗大谷派安養寺の林正道住職が表白を述べた。宗平協の森修覚事務局長と2人で正信偈を読経する中、参列者は次々に焼香し、核兵器廃絶の誓いを新たにした。
被爆地長崎の失業対策事業で働く仲間の中には、多くの被爆者がいた。一人暮らしの被爆者も多く、亡くなっても日雇健康保険の埋葬料では弔いも出せず、長崎医大にその遺体を送った。解剖がすんだ後は、手厚く弔ってくれるから。しかし、お骨の引き取り手はいない。1975年、「全日自労被爆者の会」を結成、長崎市に「引取り手のいない人の墓地を提供してほしい」と要請。1977年に墓碑を建立、10人の被爆者が眠るが、『敬朋』という墓銘碑は当時の諸谷義武市長が揮ごうしてくれた。
全日自労時代の役員がいなくなる中で途絶えていた慰霊祭も、建交労本部の役員をしていた林正道さんが退職して、安養寺の住職になったのを縁に、2003年8月8日、『敬朋』墓前祭を復活した。地元の組合員だけでなく、原水禁大会に参加した坂田晋作、佐藤陵一、赤羽数幸、角田希代子など歴代の中央執行委員長や全国の仲間も参加して、平和の誓いを新たにする場となっている。
被爆者募金を手渡す
その後、長崎県原爆被災者協議会を訪ねて、宗平協の「8・5募金」で「被爆者救援募金」を中元英貴事務局次長に手渡した。
コロナ禍が深刻化する中、「被爆者の店」を委託していた業者が昨年9月に撤退。長崎被災協の財源の大半を担っていた家賃収入を失ったうえに、被爆地への訪問者が激減、被爆者の証言申込みも殆どゼロに落ち込むなど、活動資金の確保もできなくなっていた。募金など格段の支援を訴えていた。

第49回原爆殉難者慰霊祭

夜6時30分からは、大雨の中、爆心地公園で長崎県宗教者懇話会が、第49回原爆殉難者慰霊祭『平和の祈り』を執り行った。コロナ禍のため、参列者も大幅に減らし、式次第も簡素化された。大浦諏訪神社の今村豊親宮司は、「昭和20年8月9日11時2分長崎の地は一瞬にして実に悔しき原子爆弾が投下され7万3千余の尊い命を奪い去りその後も原爆症のため数多の人たちが亡くなられています。・・・私たちは『慰霊と恒久平和への祈り』を心一つに平和な世界への実現に向けて精進することをお誓いします」と『慰霊のことば』を述べた。
その後、長崎県宗教者懇話会の役員で真宗大谷派法生寺の神崎正弘師、「長崎の祈り」の歌、作詞作曲の野下千年神父、真言宗霊雲寺派の一月正人師など長崎県宗教者懇話会の方々と懇親会を開き、交流を深めた。

爆心地で11時2分祈り

9日は、朝から爆心地公園に行き、路念仏や正信偈などを唱えて原爆犠牲者の供養をし、11時2分には1分間の黙とうを捧げた。

非核非戦法要

午後1時30分からは、真宗大谷派長崎教務所で厳修された『非核非戦(原爆)法要』に参列した。『非核非戦』の碑の前で嘆佛偈を唱和したあと、本堂で『非核非戦法要』。九州教務所長のあいさつのあと、みんなで阿弥陀経を唱和する中、参拝者が次々に焼香、正信偈を唱えた。玉光順正師が法話をした。
1945(昭和20)年8月9日、米軍が長崎に原子爆弾を投下した。爆心地周辺は焼き尽くされ、爆風に吹き飛ばされた屍が、道路の脇や川底などに累々と横たわっていた。こうした惨状を憂えた人たちが、廃材を集めては荼毘に付したが、膨大な遺骨の山は手つかずの状態だった。結局、長崎教務所が預かることになったが、1万体とも2万体ともいわれる遺骨が、26個の木箱に収められているのが、この『非核非戦の碑』、「原子爆弾災死者収骨所』である。これまで毎月9日には定例法要を、祥月命日にあたる8月9日には『非核非戦法要』を勤めてきた。