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辺野古に基地は作らせない沖縄の人々のたたかい@

日本基督教団佐敷教会牧師 金井 創

5月25日 全国理事会(大阪)にて、沖縄辺野古のたたかいの報告をした金井創牧師の講演内容(要旨)を紹介します



はじめに

 沖縄に住んでいると、辺野古のことが県外でどの位、どの様に報道されているかわからない。2007年からこの船(不屈)で使用しているレインボーフラッグ…各国の言葉で「平和」と記されている。(アラビア語ではサラーム)辺野古で今起きていることは、辺野古だけの問題ではない。世界各処で、大きな権力に抑圧されている人たち、権利を奪われている人たち、平和を脅かされている人たちに連帯して進んでいきたいという想いをこの旗に込めている。

沖縄における米軍基地の割合
 沖縄の面積は日本の0・6%、その0・6%の沖縄の地に日本全体の74%の米軍基地が集中している。陸海空の占有。この仕組み自体が構造的差別。「陸」…沖縄来訪者は、まず延々と続く基地のフェンスに驚く。「海」…「提供水域」と呼ぶ。私たちの海ではない。米軍使用時には一般者は立入禁止。「空」…米軍専用の訓練空域、民間機は航行不可。沖縄の空はアメリカの空。陸地以外の見えにくい部分は海も空もアメリカのもの。

沖縄での米軍機・ヘリ墜落事故
 沖縄復帰43年で45件の墜落事故。一年に一機以上が墜落している。いつ墜落してくるかもわからない現実。私たちの不安は決して大げさでも杞憂でもない。いつでもかかえている思いである。こういう中で暮らしている。

悲惨を極めた沖縄の戦争の実態
 沖縄は本土決戦のための時間かせぎの「捨て石」であった。米軍は当初2週間で沖縄全土を占領完了の予定であった。日本軍の大本営では、一日でも長く米軍を沖縄に釘付けにする意図があった。戦いが延びることにより、住民が暮らしている地域が戦場になった。空爆も悲惨だが、陸上戦では実際に目の前に軍隊がいる。そして恐るべきは、友軍であるはずの日本軍が住民を虐殺したり、避難壕から追い出したりした経験談も語られる。

「捨石」(戦中)から「要石」(戦後)の沖縄へ
 沖縄の米軍車両ナンバープレートは、「沖縄」と記されている上に、「KEY STONE OF THE PACIFIC」」とある。つまり、アメリカにとり沖縄は太平洋のキーストーンであるということ。「要石」と訳される。正確には、「楔(くさび)石」の意。大きな石のアーチに打ち込んで全体を支える小さな石のこと。「要」とは、沖縄そのものの価値をいうのではなく、あくまでも米軍の戦略にとっての価値をいう。沖縄は、戦時中は日本軍の捨石にされ、戦後はアメリカにとっての要石にされた。どちらにとっても沖縄の「価値」、沖縄の人たちの「価値」は含まれていない。

沖縄の『平和の礎(いしじ)』
 「神は一つの石を据えた。それは試みを得た石。固く据えられた礎の尊い隅の石」(聖書)
 これが沖縄である。『平和の礎』…沖縄戦で亡くなった全ての人を平等に、その名を刻んだ碑。沖縄住民だけでなく、日本軍兵士、更には、アメリカ・連合軍兵士名も。また、韓国・朝鮮の併合され犠牲になった人々も。現在24万名超。戦争には勝者も敗者もいない。これだけ多くの命が奪われたという事実、二度と起こしてはならない、戦争につながることは認めないと願い作られた『平和の礎』。沖縄は、平和という礎の上に置かれた尊い石。

辺野古の海は宝の海
 辺野古の海、大浦湾は世界でも有数の生物多様性の宝庫である。貴重な生物がいっぱい生きている。沖縄・日本の宝だけでなく世界の宝である。沖縄北部の海、辺野古の海は内地の海の60倍の多様性を持っている。ここを埋め立てて基地を作ろうとしている。

沖縄は加害者の側に立たされてしまう
 私たちはなぜ反対するのか。ここを埋め立てて作られるのは新たな強大な軍事基地。商業施設やレジャー施設ではない。実際に米軍が、キャンプシュワブからイラクへ、アフガニスタンへと出撃し、罪のない人たちが殺害された。ベトナム戦争ではB52が沖縄から飛び立った。新しい基地ができれば同様のことが起きる。宗教者として黙ってこれを見過ごすわけにはいかない。沖縄が加害者の側に立たされてしまう。何としてでもくい止めたい。

すべての命を生き埋めにしてはならない
 何もなければ白い珊瑚礁が広がる美しい辺野古の海。沖縄で一番大きな珊瑚礁が広がる海がこの辺野古。海面から10メートルにまで立ち上がる滑走路の建設予定。潜ってみれば、大変多くの魚が泳いでいる。人間だけではない。海の生物の命も奪っていく。命を生き埋めにしてしまう埋め立てを許してはならない。

 次号に続く

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