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2015年NPT会議

■NY行動に参加して


 鬼塚 賀津子(カトリック)

 天候に恵まれ、無事にすべての旅程を終えることができましたことを感謝致します。
 折り鶴を折って託して下さった皆さんの祈りを感じながら、26日朝、私は国連チャーチセンター礼拝堂での多宗教間合同礼拝に参加しました。
 「ぶっだん、さらなん、がっちゃーみ」♪と聖堂に響く仏教者の三帰依文は、私の心に深く染み入り目頭が熱くなりました。「殺すな 殺されるな」との聖護院門跡宮城泰年師の書が礼拝堂入り口の壁に掲げられ、核のない平和で公正な世界を願っての各宗教の祈りが次々に捧げられ、最後に讃美歌「Let There Be Peace on Earth」(地には平和)を全員で歌いました。
 礼拝終了後、参加者の皆様に折り鶴をお渡しして、ユニオンスクエアに移動。14時から、それぞれがアピールの横断幕や幟旗を掲げプラカードを持ち、宗教者は法衣や式服を着て、他の人は工夫を凝らした服装で、各国から1万人(主催者発表)が国連本部前のハマーショルド広場まで2時間パレードしました。私は胸に「I am not ABE」背中には京都の出口さんからお借りした「All who take the sword will perish by the sword.」(剣を取る者は皆剣で滅びる)という聖書の一節のゼッケンを貼ってアピール、沿道の人々に折り鶴を配りながら歩きました。 16時、ハマーショルド広場では日本で集まった633万6205筆の署名と、ベトナムから届いた150万筆の署名が国連・NPT代表に渡されました。「核軍縮は政府だけではなく、市民一人一人の行動があってこそ実現できる」という再検討会議議長のフェルーキさんの言葉にあらためて勇気をもらいました。
 28日朝、同じ班の数人で、出勤するニューヨークの人達に署名を求めたことも貴重な体験でしたが、「核は必要だ」と言って署名を拒否するアメリカ人もいて、その強い語調はショックでした。唯一の被爆国の日本が、核兵器の怖さ、悲惨さ、非人道性をもっと世界に伝えなければいけないと痛感したことです。特に30日、サンフランシスコではローレンス・リバモア国立研究所という核兵器の研究施設を見学しました。私達の活動の一方で、今なおアメリカでは核兵器開発の研究がなされていることやメガレーザーによる小さな核融合で水素爆発を起こすというプロジェクトに日本の保谷クリスタルが参加しているという話には驚き、核廃絶の日が遠く感じられて情けない気もしましたが、
 私は今回、同じ願いを持つ多くの仲間が世界中にいることを実感し、未来の子どもたちのために絶対に諦めないで地球上の核廃絶を実現する努力を続けたいと強く思いました。



 冨田 成美


 日本宗教者代表団の行動は、26日の多宗教間合同礼拝(「異宗教間集会」)と28日の宗教者交流集会が中心でした。
 礼拝では、私たちは今回、三帰依文(全員)、伽陀(浄土真宗)、観音経偈文・題目(日蓮宗)による仏教の祈りを行い、キリスト者は写真撮影や横断幕持ちで協力しました。全体では、仏教・キリスト教の他、ヒンズー教、ユダヤ教、イスラム教、アメリカ先住民の宗教者が参加しました。共同祈願では、原爆犠牲・被爆者への癒しと共に、原爆や戦争に関わった者、戦争で利益を得る者への赦しも祈られました。惨禍の根元を見、それを取り除く勇気と行動の必要性を、強く感じました。
 私たちが持参した折鶴は、礼拝参加者に託されて集会や行進で配られました。残りは後日の集会や平和団体に寄贈され、5月14日に国連本部で上映される『憲法9条がアメリカにやって来る』の会場でも配られます。約5000羽のご協力に心から感謝申し上げます。
 礼拝後の行進には1万人(主催者発表)が参加し、宗教者は団長の宮城泰年師揮毫の「殺すな 殺されるな」の横断幕を、交代で持って行進しました。終着点のハマショールド広場で、NPT総会議長・国連軍縮部上級代表への署名提出が行われ、633万6205筆の署名の前で目録が手渡され、「署名の声を会議に届ける」との決意表明がありました。宗教者署名は河崎俊栄師によって、議長に直接提出されました。
 28日の宗教者・平和活動家の交流集会では、4人のアメリカ人平和活動家の発言がありました。元海兵隊少尉ジョンさんの「我々はKillerにされた」の発言に、戦争の正体を見た思いがしました。ジョンさんは「米国政府は原爆投下の責任を取るべき」とも明言されました。上記映画の監督ディヴィッドさんは、戦争に加担しない道・憲法9条の重要性を強調されました。ニディアさんのドローンや子供への軍隊教育反対活動から、生活の中での平和構築の重要性を教えられ、キャリーさんの被爆マリアとの出会いには、和解と信仰による平和再生の尊さを感じました。日本側発言者は、被爆二世の月下星志牧師でした。「被爆者が死に絶えた時、ヒロシマ・ナガサキは無くなるのか?そうさせないために声を上げよう」の実践は、私たちの責務です。
 京都から派遣していただき、ありがとうございました。今回得たつながりを大切に育てて、5年後の代表団がより密度の濃い訪問ができるよう、今から努力したいと思います。

4月24日・25日開催された「国際平和地球会議」
クーパーユニオン大学グレートホール


 森 修覚

 私は4月24日〜29日まで参加し、国際平和地球会議、分科会、多宗教合同礼拝、パレード、国際シンポ、宗教者と米平和活動家と交流のつどいに参加してきました。
 国際平和地球会議を中心に感想と報告を書きます。
 クーパーユニオン大学で開かれた会議は、27日から開かれるNPT再検討会議を目前に、世界の市民の代表が集い、核兵全面禁止を求めて「核のない平和で公正な持続可能な世界をめざす」スローガンで論議が展開されました。
 被爆者の谷口稜暉さんの被爆体験に参加者が涙を流す証言でした(要旨は表紙に掲載)。もう一人はセツコ・サーロさんで、「オーストリア政府が核兵器の法的ギャップを埋めるよう呼びかけていることに対して、アメリカが賛成しないように働きかけ、日本政府も言葉と言動に矛盾する態度をとっていることを、まるで腕をねじるようなやり方で、恥ずべきこと」と述べました。
二人はノーベル平和賞候補にあがっていますと紹介されました。
 開会冒頭アンゲラ・ケイン国連上級代表が「前回より困難があるが、市民社会の中からどれだけの人たちが来て、自分たちの声を届けにくるのか非常に重要だ」と強調し、藩基文国連事務総長のメッセージを紹介しました。(表紙に要旨)
 政府代表、市民代表などの発言がありました。
 日本から吉良よし子参議院議員の英語でのスピーチに日本からの参加者は感動しました。閉会総会で新日本婦人の会の西川香子さんが「運動の構築と将来に向けた行動」のテーマで「核兵器廃絶と戦争する国づくり反対を一体に取り組み、152万の署名を集めた行動」を感動的に紹介。被爆者がいいました「一発の爆弾でアメリカが憎かった。憎しみは連鎖し続く。私は変わった。被爆者の思いを本当に応えるためには、戦争は絶対だめ、核兵器をなくす運動をすることだと思うようになった。これが私の誇りです」行動するのは今ですと呼びかけました。
 この会議には46ワークショップが設けられていました。私は2つの分科会に参加しました。一つは「アジア太平洋分科会」で基地問題を中心に論議されました。この分科会では沖縄からやんばる統一連の吉田務代表が沖縄のたたかいを述べました。外国の参加者から「日本は戦争に出かけるのか」と質問がありました。海外でも日本の「集団的自衛権」で海外で戦争すると報道されていことも紹介されました。
 もう一つは「核兵器・原子力発電への非暴力の抵抗:過去・現在・未来」で福島の浪江町議が発言しました。
 日本原水協主催の国際シンポ「ともに核兵器のない世界の地平を開こう」と日本原水協の高草木博代表理事がコーディネーターを務め「行動こそ廃絶する力」とまとめました。
 5月末にはNPT再検討会議の合意がどうなるかなど注目しながら帰途につきました。
 ニューヨーク行動に参加して、新しい出会いがありました。佐賀から仲秋直樹師(仲秋喜道師の息子さん)、立正平和の会で参加して、通訳などご協力いただいた小野恭敬師、私の故郷の富山の谷川寛敬師などと懇親できたことも大きな成果でした。
 またNPT日本宗教者代表団派遣募金にもご協力頂きましたことに御礼申し上げて感想報告とします。合 掌


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